私は人間が平和で安定的に暮らしていくためには、やはり、空気、水と共に、食糧、エネルギー資源、そして各種の原材料が実需に応じて安定的に供給されていく必要があると考えています。
しかしながら、古来より、
- まずは、これらのもの、資源を最低限、確保するために、人々の間で争いが生じ、平和がむしろ乱される。
- そして、そこに持てる者と持たざる者の格差が生まれる。
- 更には、持てる者が実需と見せかけて実際には投機的な形で、これら本来人間が平和に暮らしていくためのもの、資源を保有しようとする。
といった事態が見られるなど、
「何を以って“実需”と定義するか?」
とても難しい問題であると思います。
しかし、それでも私は、この資源・エネルギー問題とその裏側にあり、人間が平和に暮らしていくために必要な喫緊の課題である環境問題については、
「人類の崇高なる倫理観と叡智を以って」
全世界的な対応をしていく必要があり、世界の超大国ではないものの、小国ではなく、崇高なる倫理観に裏打ちされた文化・技術を持つわが国・日本の、世界に対する、人類全体に対する果たす役割は大変大きいものと考えています。
こうした中、わが日本政府は、米英とともに地球温暖化対策のための多国間基金を設立すると発表しました。
大変素晴らしいことであります。
この基金に対して日本政府は、3年間で1,000億―2,000億円を出資する方向で検討に入っており、日米英を合わせた資金規模は総額5,000億円程度と見られています。
そして、気候変動対策目的の基金としては世界最大となる予定で、日英米のみならず、最近ではスペインなど他の先進国も支援に前向きと見られ、7月の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)での最終合意に向け、調整が本格化するものと期待されています。
こうした多国間基金の創設は、特に風力・太陽光といった環境に負荷の少ない発電技術などを途上国に普及させるのが狙いとされており、基金が発電所などの大規模プロジェクトに出資し、それを呼び水に民間金融機関などの出融資を引き出す仕組みとなっており、現行の国際金融資本主義も十分に活用できる仕組みが検討され、そうした仕組みをまた、世界的トップの国際機関の一つである世界銀行が事務局機能を担うこととなるなど、正に人類の崇高なる倫理観と叡智を集めたシステムとなっており、私は大いに期待をするものであります。
そこで、もう一つ、私は是非、日本政府には、次回サミットに於いて、環境問題の表裏一体の問題である、資源エネルギー問題にも言及して戴き、
「人類が平和に暮らしていくために最低限必要な食糧、エネルギー、希少金属など原材料資源は何かという定義を明確にする。
その上で、これらのもの、資源に対しては実需原則とし、投機を一切排除する。
そして、投機を監視する国際機関を創設、必ず実需原則を守るように罰則規定も設けながら、監視機関も運営する。」
といったことを世界に向けて、わが国・日本が高らかに提言していくことがまずは必要ではないかと考えています。
世界各国が簡単にこうした提言を受け入れてくれるとは思いません。
しかしながら、高い倫理観を持つ国が、国益を超えて「人類益」を考えて、世界の心ある人々に訴えていかないと、世界は更に、
「弱肉強食、強者の論理がまかり通る、原始資本主義が、市場原理を盾に、国際金融をたくみに利用して拡散してしまう。」
と考えます。
それを阻止するためにも、今、私たち日本は、世界、人類のために、立ち上がらなくてはならないのではないでしょうか?
[経済発展には一つの重要な仕組み、マイクロ・ファイナンス] ところでまた、世界では資金を上手に社会に於いて回転させることが、経済発展維持の為にはとても大切であると認識されています。
ところでころでまた世界では、国際金融の影響力が拡大する中、その役割の見直しなども行われており、また国際金融を支えている一つのシステム的機関とも言える格付機関の役割の見直しなども少しずつではありますが進められています。
「巨額の資金があることが正義、巨額の資金を持つ者がルールを作り、これを運用する、更に自らの富を膨らます。」
といったような弱肉強食型の原始資本主義が拡散している現代社会に於いて、今一度、国際社会の中での、
「金融」
の役割を見直す動きが出てきていることは、私にとっては必然であると映ります。
こうした見直しの中では、例えば、
「イスラム金融」
といったものも見られており、既存の、国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD=通称世銀)、世界貿易機関(WTO)といった国際金融、国際経済社会の柱となる機関や、そこで決定されるルールなどとは異なるスタンダードを基にしたシステムの拡散の兆しといったものも見られています。
こうした動きは大変注目しなければならないと思います。
そして、このような新たな動きの中でじわじわと拡散、注目されるものの一つに私は
「マイクロ・ファイナンス」
があると見ています。
マイクロ・ファイナンスとは小規模金融のことであり、貸出の相手となる借り手は、小規模な家計や個人といった弱者が大半、かつ、金融の金額は原則として少額となっています。
また、その運営主体は主としてNGO(非政府組織)やNPO(非営利団体)、或いは政府の末端機関であったり、様々であり、通常の、
「民間金融機関」
とは異なります。
マイクロ・ファイナンスは原則として弱者救済の色彩が強く、営利目的を外れていることが多いことから、低利で貸し出す点が一つの特徴であり、また銀行などの民間金融機関が回避しがちな少額無担保でも貸し出しを実施する場合が多いことが一つの大きな特徴となっています。
またマイクロ・ファイナンスが通常の貸し金業者やその他金融機関よりも低利で融資を出来るのは、マイクロ・ファイナンスが地域を越えて展開することが多く、規模の経済性やリスク分散によって収益を増やせること、非営利団体が多いこと、またしばしば公的機関の補助金を受けていることなどがその背景であると言えましょう。
但し、低利とはいえ、その貸し手の調達コスト以上で貸し出して、費用回収することがこの仕組みのポイントであることから、
「マイクロ・ファイナンスの貸し手機関の力が弱く、安い資金調達が出来なければ、借り手も安い融資は受けられない。」
という点は留意しておかなければなりません。
もちろん、相対的には他の借り入れよりは低利融資が受けられる可能性が高いので、弱者にとってはマイクロ・ファイナンスの果たす役割は重要であると考えられます。
また、マイクロ・ファイナンスの多くが貯蓄その他も取り扱い始めており、近代的な金融仲介機関としての性格を持ち始めてもいるといった点も留意しておかなければなりません。
ところで、マイクロ・ファイナンスとしての金融機関の代表的な例としては、高いローン返済率で知られたバングラデシュのグラミン銀行があり有名であり、この種の解説では同行の動きがよく紹介されています。
グラミン銀行は借り手5人を一つのチームとして組織し、各人のローンは5人の連帯責任で返済する形式を取っていると言われ、日本の江戸時代の五人組のような形で連帯責任制を取っていることによってチーム内の規律が緩まないので返済率が高いと解釈されていました。
しかし最近になりグラミン銀行のユヌス総裁自らが、
「連帯責任制など一度も採用してこなかった。」
と否定するなど、連帯責任制の見方は分かれており、実際に返済率の高い背景が明確に定義されていませんが、私の見るところ、アジアや中近東などでは、やはり、地縁、血縁、学閥といった小規模Societyの中の信用を背景とした「頼母子講」的な金融が各地で存在、これがこれまでも各地域で定着して弱者にとってのマイクロ・ファイナンスを支えてきていたと考えられ、今改めて注目され始めているということになるのではないかと思います。
いずれにしても、世界各地のマイクロ・ファイナンスは各地固有の事情に応じた運営方針をとっているため、万国共通の典型的なシステムというものはなく、地域の中で、如何に信用を補完するかという商習慣やその背景にある経済文化などによってことなると見ておきたいと思います。
そしてまた、先週の中国本土調査の中で、私の大切な中国人の友人が、
「ビジネスで一財産を築いた中国人が、国家の農業の発展のため、2つの鎮(村)を対象に、鎮長(村長)に30万人民元のお金を渡し、村長は村民の農民が農業のために必要な資金を借りに来た際にはそのお金を転貸、利子を農民から受け取り、その利子を返してもらう。」
という、社会企業家的意識を持って、新型融資の試みをしている人がいると聞きましたが、こうした事例も一種のマイクロ・ファイナンスと言えるかもしれません。
尚、マイクロ・ファイナンスの今後の課題としては、貸し手自身が資金調達の段階で、預金といった形で資金を受けてこれを転貸する間接金融の性格を更に強めていくと、
「預金者に対する義務」
といったものが注目され、低利無担保融資が実行されにくくなっていく可能性があるということ、更に、やはりその返済率の問題から最貧困層に対してはこのマイクロ・ファイナンスのシステムは応用しにくいといったことが挙げられるのではないでしょうか?
いずれにしても、純粋な営利目的の民間金融ではなく、公的金融でもない、その中二階に存在する「マイクロ・ファイナンス」が国際金融社会の一部で、しっかりと定着していくことを、期待していきたいと思います。
|