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2014年8月[Sanada発 現場から]


[日本の生きる道]

 今月は私が書いている文章の中で「日本の生きる道」に関連する部分を抜粋してご覧戴ければと思います。
 本文は文語体になっておりますが、ご容赦ください。

「日本の生きる道」

先ずは、第二次世界大戦後の日本の経済発展、産業発展から見た、
「日本の生きる道」
を探っていく。
 第二次世界大戦後の日本の産業構造の発展を見てくると、部品や素材、そして製造装置を生産するSupporting Industries企業群に支えられ、それらの上に構築されたセットメーカー群が大量生産大量販売型のビジネスを展開して、セットメーカーはその生産品を当初は主として輸出しながら、外貨を稼ぎ、戦後日本の経済発展の基礎を支え、その後、日本の内需が徐々に拡大すると、生産品を内外共に販売して、世界のインフラ拡充と世界の耐久消費財の普及を支えつつ、日本の経済発展も支えて、世界的な企業へと大きく発展してきたと言えよう。
 そして、そこには、日本人の勤勉さ、単一民族であることのメリット、貯蓄率の高さ、そして第二次世界大戦前から持つ技術開発力などによる製品の品質向上と為替レートの低め安定などにも支えられた「安価でいいものを内外に安定的に供給する」という「世界の工場」的な役割を日本全体が果たしてきたという実績が加わり、フロントに立つ、これら日本の多くのセットメーカーと部材や製造装置を製造する、Supporting Industriesとしての中堅・中小企業が、一定の緊張感を持ちながら共存体制を構築してきたという課程も垣間見られる。
そうした意味で、第二次世界大戦後の日本は正に、
「垂直統合型の発展」
を遂げてきたと言っても過言ではないであろう。
 しかし、こうしたビジネス・モデルも1985年のプラザ合意による意図的な円高誘導によって一気に変化、セットメーカーは大量生産大量販売体制を維持するために海外展開を推進、セットメーカー群を支えるSupporting Industriesの多くもこれに伴い、海外展開を余儀なくされた。
 また、円高の後、日本では、内需拡大が意識的に謳われ、旺盛な内需と勢いを残す外需に支えられ、一時期は、バブル経済とはいえ、
「日本の経済的繁栄が世界的にも注目された」
という時期を迎えた。
 しかし、1990年代に入り、その日本のバブル経済の崩壊が顕著となると、日本の国内では、明らかな、
「産業空洞化」
という現象が顕在化し、日本の国内には、
*債務
*設備
*人材・労働力
の「三つの過剰」状態が拡大、これを克服する上からも、セットメーカーは、インフラ開発需要が落ち、耐久消費財の普及の一段落した日本国内のビジネスが限定的であると判断して、海外展開を加速化させた。
 また、海外ビジネスに於いては、欧米先進国も日本と同様、インフラ開発需要も限定的であり、耐久消費財も行き渡っていることから、その拡大のターゲットは、自ずと、潜在的な消費者の数が多く、潜在的な労働者の数も多く、その上で比較的安定的な国であるところの、中国本土やインド、ブラジル、ロシアといったところに先ず向けられ、これらがBRICSと総称されて、注目されたのである。
 その後は、これにインドネシアやメキシコ、トルコなどといった新興国も加わってきているが、いずれにしても、セットメーカーは、こうした大量生産大量販売型のビジネス・モデルをグローバルに展開することによって、自らも、
「コスト競争の激化の渦」
に飲み込まれていくこととなった。
 一部に、
「高度技術の擦り合わせによる国内復帰」
といった現象も見られているが、上述したように、日本国内の市場が限定的となる中で、世界的なコスト競争に敗れ、世界シェアを極端に落とした半導体やカーナビ、DVDなどをはじめとする様々な業界の経営は厳しさを増し、その結果として、これらの業界、セットメーカー企業群を支えてきたSupporting Industries企業群も、放置すれば、これらセットメーカーと共倒れをしてしまう危機に晒されているのが今の日本であろう。
 こうした流れを考えてくると、今の日本に必要なことは、
*グローバル企業としてのセットメーカーの世界シェア拡大戦略=一義的には先ずは力(=量)=で勝負
*量は二の次とし、マニュアルか出来ない技術を背景とし、先ずは高品質・高利潤企業を具現化出来るSupporting Industries企業としての中堅・中小企業の世界販売戦略=日本に居ながらにして、即ち、雇用機会を日本に残して、外貨を稼ぐ企業の育成=
といったことを目標にして、国家としての、日本の産業戦略を抜本的に考えていくことにあろう。
 そしてまた、こうしたことが具現化出来れば、時代は、日本に向かって風が吹き始めると筆者は考えている。
 
 次に、もう一つ、現状の国際情勢を背景とした、
「日本の生きる道」
を考える。
  筆者は、
「先進国は経済的な成熟度が進んでいる中で、一般的には、総じて需要が弱い。」
と認識している。
 道路、電力、ガス、港湾といった様々な社会インフラが整い、高額なものも含めて耐久消費財も行き渡り、
「今すぐに必要なもの」
の需要が弱いことから、
「先進国は需要が低い。
 結果として、安定成長と言う名の低成長に陥り易い。」
と考えられ、これらの対策として、先進国は、
「新規の需要をまじめに発掘する。」
という努力をしてきたが、
「米国がまず、人々に借金をさせてでもものを買わせると言う需要を創出、これが行き過ぎた信用創造へと発展し、サブプライム・ローンからリーマン・ショック、そして遂には、こうした民間部門の経済での破綻を回復させるために、今度は国が多額の借金をするという異常事態にまで至り、世界は一部主要国の財政危機と言う大問題を抱える時代に突入した。」
とも言える。
 そして、国内での需要が弱い先進国はいくら景気対策を展開してもなかなかデフレから脱却できない、一方で新興国は需要そのものが潜在的に強い中、これが顕在化している中国本土などはインフレになり易いという二極化状態になっている。
  こうした中、先進国は、少ない国内需要をカバーする為に、自国外ビジネスを拡大しようとし、その為に、
「自国通貨安競争を拡大する、その為の方策として、資金を更に市場に過剰供給する、この結果、資金量が実体経済規模を異常に上回る事態となり、金融が実体を振り回す(これを国際金融市場では、犬が尾を振るのではなく、尾っぽが犬を振り回す事態と揶揄している。)、そしてお金のある人とない人の格差を広げて、弱肉強食型の原始資本主義がはびこるという更なる悪循環に突入している。」
と筆者は認識している。
 こうした中、少し冷静に、また倫理観を以って先進国経済を眺めてみるとき、
「成熟した先進国経済の中では、例え人口が多くても需要そのものが弱く、スケールメリットを取りに行く、大量生産、大量販売型のマス・ビジネスが衰退していくことはむしろ必然であろう。
 一方で、新興国は規模の経済性を追いかけるビジネスが今は全盛期であり、特に、中国本土は正にその経済的な興隆を謳歌している時期にある。」
と筆者は考えている。
 従って、あくまでもこのマス・ビジネスに頼る企業は、市場を求めて、好むと好まざるとに拘わらず、新興国を中心とする国際市場に目を向けざるを得ないという状況に進むのである。
 しかし、冷静に考えてみると、価値観の大きな変化、多様化の中で、
「当然に、先進国にも潜在的需要」
が存在し、これを発掘しない手はない。
 即ち、
「消費者の多様化された様々な異なる欲求やニーズに応えること」
こそがその対応策であり、
「少量(もちろん、可能な限り大量を目指す)、多品種、高品質のモノやサービスを、本当にそれを必要としている消費者に売っていけば、そこできちんとした価値観で評価され、高利益、否、少なくとも正当な利益が確保出来る。」
はずである。
 そして、こうしたビジネス展開が出来る企業は、
「質の高い中小企業そのものである!!
 質の高い中小企業とは、ビジネスのプロセスで改革を推進できるだけでなく、ビジネスの生産性そのものを改善できる企業のことを指す。即ち、プロセス・イノベーション力を持つだけではなく、根本的な設計能力を意味するプロダクト・イノベーション力を持つ質の高い企業を、日本はこれから更にたくさん創出していかなくてはならない。」
と考える。
 こうした中小企業は、ただ単に、良いものを作ればいい、良いサービスを提供すればいいと言うものではなく、消費者としっかりとアクセスし、質の改善を怠らないことは必須要件であり、日本の多くの中小企業にはこれが出来るであろうと筆者は考えている。
  こうしたことが具現化されれば、これからの先進国、就中、日本やドイツ、フランス、イタリアなどには、間違いなく、
「中小企業の時代が到来する!!」
と思う。
 更に、その為にIT市場を利用した製品開発と製品ニーズを地域で根付かせて、ローカル・マスのビジネスを展開していくことも重要であろう。
 そして、これこそが、ものづくりの展開に於いて常識とも言われてきた、
「規模の経済性を追求する。」
ということに対する一つの大きな挑戦?でもある。
先進国の一つである日本には、127百万人の、
「質の良い労働者と質の良い消費者」
が存在しているが、如何せん、
「国内にインフラが整っていることから、インフラ需要は、リハビリ案件が中心で、決して強くない、耐久消費財も一通り、庶民に行き渡っており、こちらの需要もさほど強くない。」
と言った状況下で、
「内需が限定的である。」
と言う根本的な課題が存在している。
こうした状況にあっては、
「大量生産、大量販売型の、所謂、マス・ビジネスを志向するビジネスにとっては、日本の市場としての魅力は、薄れつつある。」
と言えよう。
 しかし、
「例え少量でも良いから(勿論、出来る限り、大量であることに越したことはない。)、多品種、高品質、高利潤」
のビジネスを追い求める、企業としての生き方は、あり得る!との認識の下、
「必ずしも量は追いかけない!」
と言う意味での、
「規模の経済性」
への挑戦を展開すべきであろう。
 そもそも「規模の経済性」とは、
「生産量の増加にともない利益率が高まること。
 成熟市場では、選択と集中に基づく効率的な投資が競争戦略上重要となる。
 そして、規模の経済とは、生産量の増大につれて平均費用が減少する結果、利益率が高まる傾向である。」
とも言われている。
 その「規模の経済性」は資本に依存しているとも考えられており、
「費用を資本、労働、原材料に分け、生産規模とこれらの要素との関係に着目して、規模の経済を分析することも出来る。」
とも言われている。
 一般に、原材料については、世界的に見れば平均費用が一定となるため、生産規模に拘わらず収穫・費用のいずれも不変である。
労働力についても、規模の経済性が成立する。
そのため、ある製品について規模の経済が成立するか否かは、資本に依存することになる。
 更に、市場が成熟した場合は、早期に資本を償却し、新規分野に投資を集中すること、即ち、選択と集中が、戦略上重要になるとも言われているのである。
 しかし、ここでは、敢えて、
「高度技術を背景とした高品質を前提に選択をし、多角化する中に比較競争優位を見い出し、その過程で高利潤を確保、生き残りをかけることこそが日本企業、就中、“必ずしも大量生産・大量販売型のマス・ビジネス”ではないところで、生き延びようとする日本の多くの中堅、中小企業の、生きる道ではないかと筆者は考えている。
 そして、日本が特に強いと言われる、
「核心部品、高度素材、製造装置とメンテナンス・アフターケア」
の分野でこれらを着実に展開していけば、日本が世界に必要な国家として、尊敬されながら、生き残ることが出来ると筆者は確信している。
 尚、こうした過程に於いて、日本は是非、国際社会に対して、
「人々が生きていくために必要なもの、即ち、水、食糧、原材料、そしてエネルギーの分野に於ける中軸商品に対しては“実需原則”を守る体制を構築する。」
ことを強く訴え、日本自身が必要とするこれらのものを、投機筋に翻弄されず、国際社会から、真の自由主義、資本主義、そして実体経済に基づく需給関係によって、
「量と価格を安定的に確保できる。」
という環境を整えるべきであると言うことを最後に強調しておきたい。
 読者の皆様方は、如何、思われるであろうか?

 

 次回号も引き続き宜しくお願い申し上げます。


 
以上
 
愛知淑徳大学 ビジネス学部・ビジネス研究科
教授 真田 幸光


真田先生のプロフィール
真田 幸光氏(さなだ・ゆきみつ)
愛知淑徳大学ビジネス学部教授。
1957(昭和32)年生まれ。81年慶大法卒、東京銀行(現・東京三菱UFJ銀行)入行。韓国延世大学留学、ソウル支店、資本市場第 一部、BOT International(H.K.)Ltd.出向などを経て、97年独系ドレスナー銀行東京支店・企業融資部長。98年愛知淑徳大学ビジ ネス・コミュニケーション研究所助教授に就任。2002年4月同 教授、2004年4月より現職。
著書は『日本の国際化と韓国』、『アジアの国、日本』など多 数。 NHKクローズ・アップ現代などテレビ、ラジオ出演をはじめ、中小企業大学校ほか活発な講演活動を展開中。
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